レッスンと読譜

レッスンは受けたほうがよいか?

スポーツや音楽、その他の心・技・体の協調の
求められる行為すべてにおいて、
その道の先輩から指導を受けるのは
大切なことです。
レッスンの利点の一番わかりやすい例は
フォームに関することかと思います。
昨今はビデオなどで自分のフォームを
チェックすることは比較的、簡単になりました。
しかし、特に初心者の方などは、
情報がたくさんあり過ぎて、逆に何が
正しい基準かがわからなかったりします。
また、よくあることですが、エレキギターから
クラッシクギターに転向した方などは
エレキギターのフォームを
そのままクラシックギターに流用しようとして
なかなかいいサウンドが出せなかったりすること。
(もちろん、エレキ、クラシックともに
共通の部分もありますが、
気づかなくてはならない重要なフォームの
違いもあります)
これらのチェックを正しく独学で行うことは
不可能ではないでしょう。
しかし、先輩(先生)の経験から生まれた
ヒントをもらうことにより、習得時間を
短縮することができます。
また、最悪には独学で間違ったフォームの
くせをつけてしまい、その後それに気づき
修正するのに余計な時間と労力を
使うことになってしまうことも考えられます。
 ぼくもしばしば遭遇することですが、
生徒さんがあるフレーズが弾けない時に、
ほんのちょっとのアドバイス
(テクニック的というより思考的なことが
多いように感じる)をあげることで
一瞬でその場で弾けてしまうという
ことがあります。
なかなか感動的な場面です。

 フォームをはじめ基本のマスターを
合理的にレッスンを通して身につければ、
さらに上の目標に向かうことができますし、
音楽表現という最もたいせつな領域に
足を踏み込むこともできます。
 
 1ヶ月や2ヶ月、続けるだけではだめでしょう。
最低でも1年は続けてみないとどの分野でも
本質は見えてこないものです。
ただレッスンに行くだけでは上達しません。
練習が必要なことはもちろん、
能動的
に学ぶ姿勢も大切です!



楽譜は読めた方がよいか?


 正式な楽譜は読めないより
読めたほうがいいでしょうか?
実際、楽譜が読めなくてもギターは
弾けると思います。タブ譜という音符を
数字に置き換えた便利なものもありますし、
フラメンコギターのようにあれだけの
超絶テクニックがありながらも、
現在も師匠の音を聞いて覚えていくといった
ほとんど楽譜にたよらない習得過程をとる
特殊な世界もあります。
 では、「読めなくてよい!」とう
結論にたどりつくでしょうか?

 演奏を会話、楽譜を文字にたとえることが
できるでしょう。
無意識に覚えた言語は自由にしゃべることが
できますが、文字を読んだり、書いたりするには、
また別の訓練が必要になるからです。

文字は読み書きできたほうがいいでしょうか?


 できたほうがいいですね。
文字を読めれば会うことのできない人や
過去の偉人の考えを
手紙や本などから吸収できるし、
文字を書ければ自分の考えを、自分のために
または他の誰かに時を経ても
伝えることができます。
楽譜の読み書きはこれとまったく同じことです。
時々、楽譜を読める能力が束縛となり
自由な演奏ができなくなるといった意見を
もつギタリストもいますが、
それは違うと、思います。
読譜能力は、単に記録媒体として
優れている楽譜を利用するためであって、
演奏中の障害になるものではありません。
そして楽譜の素晴らしいことは世界共通基準で
あるということです。
違う言語を使う人同士でも楽譜さえ読めれば
すぐアンサンブルできるし、かりに
コード譜だけしか読めなくても簡単な
セッションなら参加することができるでしょう。

 楽譜の読める能力が優れているとか、
そうではないとか言っているわけでは
ありません。
便利なものがあるなら使えるように
なった方がいいですね・・・と、
いった程度のことです。
生徒の立場の場合は学びやすくなり、
教師の立場の場合は教えやすくなり両者の
利益になります。

 ぼくも英語、スペイン語の学習を才能は
ないながらも必要性があると感じているので
続けてはいますが
ある一言語を習得するより、楽譜を読める
能力を伸ばすことの方が、はるかに
少ない労力で達成されると思います。

 正直、ぼくも18歳まで独学だったので、
それまではほとんど楽譜が読めませんでした。
もちろん、今では自由に読めるように
なりましたが、読譜力を養うトレーニングを
始めるのに、あまり年齢は関係ないと思います。