選手交代

 母の味噌汁の出汁は、いつも煮干しでした。
だから、台所からシャカシャカとかつお節を削る音で
朝目覚めるという経験はなく、
子供の頃、かつお節削り器(かんな箱)を見たことも
なかったと思います。

 18歳で上京して一人暮らし、
味噌汁もつくるようになった頃、
その出汁はもっぱら手軽な
かつおの顆粒だし(ほんだし)。
手間いらずで、たしかにこれも美味しいものですが。
近年、かつお節の削りたての香りに目覚め、
汁物、煮物の出汁はもちろん、
夏は冷奴に冬は湯豆腐に
ふわりと纏わせるのは
この削りたてのかつお節。
削って売ってあるパックかつおとは、
香り・味ともに似て非なるもの。
豆腐にはこれにくわえ、生姜もおろしたてで
なくてはなりません。

 硬いかつお節を日々、削っていくともちろん
徐々に小さくなっていく。
いちおう、ギター弾きだから、
かつお節が十分大きな新品の時から
削る時は、用心のため軍手をはめるようにしています。
数年前に、勢いよくはがした缶詰の蓋で
右手親指の付け根を
ざっくり切り、数針縫うという大事故も
起こしていたので・・・。

 かつお節が小さくなって、いよいよ
手を切ってしまうのではと心配になってくると、
近所の乾物屋さんに行って、
新しいのを買ってきて選手交代。
役目を終えた小さな子は、最後に
煮物なんかとよく煮込んであげて
柔らかくしてからさらに、
食べやすいように包丁で刻んで、
その生涯を閉じてもらいます。