スペイン 巡礼の道を歩く 4
(ラバナル・デル・カミーノ~サンティアゴ・デ・コンポステーラ)



 2019年秋、”スペイン巡礼の道を歩く”第4弾!
いよいよ、全長800キロの巡礼路を踏破。
目的地「サンティアゴ・デ・コンポステーラ」まで、ギターを弾きながらの旅。


1日目 マドリードへ(機中)

 10月17日17:15分、
成田空港からキャセイ・パシフィック航空機に搭乗する。
トランジットは香港、そしてスペインのバラハス空港(マドリード)に
翌朝8:50分に到着予定。
巡礼のリスタート地点、ラバナル・デル・カミーノまでは
バラハス空港から、高速バスでアストルガまで行き、
さらにローカルバスかタクシーに乗らなくてはならない。
(バラハス~アストルガ間330キロ、アストルガ~ラバナル間20キロ)
飛行機の映画コンテンツはなかなか、充実していたが、
以前にも見ていたクイーンの映画「ボヘミアン・ラプソディ」をまた
2回も見てしまった。
スペインは遠い・・・。


2日目 ラバナル・デル・カミーノへ

 
 バラハス空港



 バラハス空港到着予定は8:50分でしたが、1時間ほど遅れてしまった。
おかげで、ちょうどタイミングがいいと考えていた
10時発のアストルガ行のバスは逃してしまい、
次の便の13:45分まで待たなくてはならない。
まあ、バラハス空港で時間をつぶすのは、いつものことだ。
カフェに行って、これもいつもの行動パターン。
迷わず、生ハムのボカディージョ(スペイン風サンドイッチ)と
カフェ・コン・レチェを注文。
これで、スペインに降り立った実感が、力強く湧いてくるのだ。
 13:45分、アルサ社のバス(38ユーロ)は定刻通り出発。
曇り空だったが、走っているうちに青空の面積も増してきた。
アストルガまでは330キロもある、到着は18時過ぎ。
バスはあきらめ、タクシーに乗り、行先をラバナルと告げた。
(料金は乗る前に交渉し、25ユーロ)
19時、日本を出発してから34時間・・・、
やっと今回の旅の大切な地にたどり着いた。
前回の巡礼の終着地、つまり今回の再開の場所、ラバナル・デル・カミーノ。


 
アルベルゲ・ピラール


 去年、巡礼最後の夜を過ごしたアルベルゲ(巡礼者用宿泊施設)、
「ピラール」のベットは空いていた。
クレデンシャル(巡礼手帳)とパスポートを提示し受付をすませ、
人種の坩堝である寝室のベットに寝袋をセッティング。
そして、シャワールームへと。
長時間の移動で疲れたので夕食は、
アルベルゲに併設されたバルで簡単にすませ、
ワインを少し飲んで眠った。

 イエスは”最後の晩餐”で弟子たちの前、
パンを取り「これがわたしのからだである」といい、
杯を取り「これがわたしの血である」と、言った。
血であるから、たぶんその杯には
赤ワインが注がれていたのだろう。
それと関係があるのかわからないが、
ここスペイン巡礼路を歩きながら、バルやレストランに入って、
ワインを注文したら、白か?赤か?などの問いは皆無だ。
巡礼者用メニュー(格安コース料理)なるものを
頼んでもハーフボトル以上はあろうかというデキャンタに
なみなみと入った赤ワインが有無をいわせず、
各自に運ばれてくることになる。
素晴らしい国だ・・・。


3日目 モリナセカへ

 
 

 6時に起きて、身支度し、7時。
いよいよ巡礼を再開できる喜びを胸に抱きつつ、
アルベルゲの扉を開けたら、弱い雨が降り出した。
天気予報を見たら、1日中雨マークだったので、
バックパックと、バックパックにくくりつけたギターにそれぞれ、
レインカバーを装着。
そして深呼吸、気を取り直して、
メセタ(乾燥大地)を濡らす雨の中へと、
その一歩を踏み出した。
ラバナル・デル・カミーノは標高1.150m。
ここからイラゴ峠を10キロ登り、1.515m地点にある
この巡礼路で最も高いとされる
鉄の十字架(Cruz Ferro)を目指す。
その後、急な下りを15キロ歩き今日の目的地である
標高590mのモリナセカへ。
雨は止むことはなく、時折強くなり、
森は霧に包まれていた。
9時にフォンセバドンのバルで朝食をとり、
10:30分、鉄の十字架までやってきた。


 
 鉄の十字架

 ここからは、ひたすら下り坂。
アセボという町で13:30分、パエリアとビールの昼食をとるが、
雨は一向に止む気配がない。
モリナセカへの山道は、ほとんどちょっとした渓流下りみたなものだった。
トレッキングシューズはずっと水に浸ったまま。

 
 

 モリナセカに到着したのは17時。
「ペレグリノス・コンポステル」というアルベルゲにチェックイン。(11ユーロ)
シャワーを浴び、洗濯をしようと洗濯機と乾燥機の置いてある
2階の小さなサロンに行くと、
使用中だったので、ギターを弾きながら空くのを待つことにした。
サロンには、ぼくの他にも巡礼者が数名、くつろいでいた。
彼らの迷惑になってはいけない。
そんな時は、BGMのように静かにバッハやルネサンス音楽を
演奏することにしている。



 なぜ、4年連続でスペインを歩くという酔狂なことをやっているか・・・。
それは、涙が溢れてくるほどの美しい情景の数々に出会えるから。
果てしない葡萄畑とオリーブの木々、朝焼けと鳥の声、
牧場から風にのって聞こえてくるカウベルの音、
秋の深い森のどんぐりと栗の敷き詰められた小径、
ヨーロッパの西の果ての澄んだ空気と高い青空、etc。
これらの感動は、やはり歩く速度でなくては体感できない、
という思いにも至りました。
そして、歩くもう一つの大きな理由。
・・・美しい心を持った、多くの巡礼者と出会えるから。
境遇も、年齢も、性別も、国籍もここでは関係ありません。
自分よりも他者を大切にするという人々が旅する道。
旅人たちは、時に、険しい山を越え、冷たい雨にうたれ、
それぞれの様々な身体への負荷と格闘しながら、
同じゴールに向かって、愚直なまでにひたすら歩く、歩く・・・。
すると、信じられないような、あたたかなコミュニティが
自然に形成されていくのです。
それは奇跡といっていい!
最初の巡礼でも、そんなコミュニティを構成する
一人にいつの間にか自分もなっていたのに、とても驚いた。
ぼくの知らなかった世界。
・・・今回の巡礼の旅でも、素晴らしいコミュニティができた。
思い返せば、この日のアルベルゲでの出会いがすべての始まりだった。

 洗濯機の空くのを待ちながら、ぼくがギターをつま弾いているのを
聴いていたのが、リタイア世代のブラジル人夫婦(パウロさんとリンダシさん)と
30代のコロンビア人夫婦(ファビオとアンドレア)。
ぼくは、ブラジル音楽が大好きだから、パウロさんとリンダシさんのために、
ショーロを弾いてあげた。
ギターを持って旅している人間は珍しい。
(少なくとも今回の旅では一人も見かけなかった)
彼らはとても喜んでくれて、ファビオ&アンドレアとも仲良くなった。
それ以来、この4人とは、目的地のサンティアゴ・デ・コンポステーラまで、
ほぼ毎日同じアルベルゲに泊まって親交を深めることになった。
みんな、とても優しく、他者との距離のとり方も心得ているから、
日中は、それぞれ自由なペースで歩き、夕方になると
約束していたアルベルゲで落ち合うといった感じ。
そして、旅の仲間は日を追うごとにふくらんでいった・・・。


4日目 カカベロスへ



 初日は一日中雨の上、激しい高低差と悪路の連続だった。
今回の旅の出発地はカスティーリャ・イ・レオン州。
やがて、ガリシア州に入ってゴールのサンティアゴ・デ・コンポステーラに
辿り着くことになる。
ガリシア州は他の州に比べて、降水量が多いと聞いていたので、
覚悟していたが、結果からいうと、
初日と最終日以外は、本当に連日、天候に恵まれた。
特に初日がハードだった分、目に映る青空の遠景と、
ただ健康に歩けるというだけで、
とても幸せなことに思える。

 羊も歩く・・・

 7時半に出発、2時間歩いてポンフェラーダに到着。
ポンフェラーダはローマ時代から続く歴史ある町。
1178年にレオン王国フェルナンド2世の命により
テンプル騎士団がこの地を防衛するため城が建てられた。
テンプル騎士団とは中世ヨーロッパで活躍した騎士修道会のこと。
その起源は1096年の第1回十字軍の終了後、
ヨーロッパ人によってエルサレムへの巡礼に向かう
人々を保護するためだったそうだ。


 
 ポンフェラーダ


 24キロ歩いて、今日の目的地・カカベロスに15:30分到着。
「ラ・ガジェガ」というアルベルゲに10ユーロでチェックイン。
この日までは、これまで知り合った巡礼者と
事前に次に行くアルベルゲを一緒にしよう、
などという考えはなかったのだが・・・。
 アルベルゲのオーナーに案内されて、
2階の小さな4人部屋に入ってみたら、
昨日も同じ宿だった、コロンビア人夫婦の
ファビオ&アンドレアとバッタリ!
打ち合わせもなく、小さな町の小さなアルベルゲの
小さな部屋で2日連続で会うなんて。
これだけでも、ついつい昔からの友だちのような
ハグになってしまうんですね。
2人とも、とても優しい。
ファビオは世話焼きで、人と人を繋ぐのがうまく、
アンドレアは、明るい自由人といった感じだが、
バランスのとれた仲睦まじいカップル。
ぼくのヘタなスペイン語にも根気強く付き合ってくれ、
それからというもの、ゴールのサンティアゴまで
実に多くの時間を一緒に過ごした。



5日目 ベガ・デ・バルカルセへ

     


 スペインは今、まさに実りの秋。
高い青空を背景に、葡萄畑が緩やかな丘陵地帯に広がる。
巡礼路の脇の木には、食べごろのイチジクの実が
食べきれないほど、風にゆれている。
森を行けば、枯葉の小径に、どんぐりや栗が敷き詰められていて、
それらを、踏まずに歩くのは難しい。
つややかに光り、ふくよかで完璧ともいえるフォルムをもった
栗の実が足元に落ちていたら、ぼくは思わず
手をのばし、拾ってしまう。
いや、栗の実が拾ってくれと、ぼくに語りかけてくるのだ。
はじめは、ジャケットやジーンズのポケットに入れていたが
それらは、やがてそこには、収まりきらなくなるので、
スーパーのレジ袋に入れなおす。
そして、大量に集めた栗をアルベルゲのキッチンで茹でて食べる。
子どもの時以来の栗拾い・・・。
正直、栗に対する思い入れなどは、ありませんでしたが
スペインで食べたそれには感動。
栗とはこんなにも美しく、美味しいものだったのかと
再認識させられました。

 
 牛のいるアルベルゲ


 フラットな道が続き、天気も申し分ない今日は
26キロ歩いて15:30分、ベガ・デ・バルカルセの「エル・パソ」という
アルベルゲにチェックイン。(12ユーロ)
山間にある風光明媚な小さな町。
最高のロケーションにあるアルベルゲで
外観もアルベルゲというより、ホテルだ。
敷地内には数頭、牛が放牧されていて、心癒される。
オーナーのラロさん、マリアさん夫妻もとても明るくフレンドリーで、
間違いなく今までの中でもトップクラスのアルベルゲ。
ぼくが、チェックインすると、すでにファビオ&アンドレアが
そこにいて、スーパーに買い物に行こうと、外に出たら
パウロ&リンダシが、夕陽を背に、向こうからやってきた。
今、この町に到着したよう。
これで、今夜もみんな同じアルベルゲに勢ぞろい。


 
 スペイン人とセッション


 小さなスーパーに行くと生肉の塊が売っていたので、
豚肉を数枚カットしてもらい、野菜、ワインを購入。
そして、アルベルゲのキッチンで豚肉を焼き、サラダをつくった。
この日はスペイン人、韓国人、ブラジル人、コロンビア人などがいて、
料理をシェアしたりと食堂は賑やかなものだった。
食事が一段落つくと、アンドレアがぼくにギターを弾けというので、
そこからは、ちょっとした音楽会。
スペイン人とはフラメンコの曲種・ブレリアスをやり、
韓国人とは韓国民謡のアリランを歌った。


 
韓国人とセッション 



6日目 リナレスへ


 今日は過酷な峠を登る日。
出発地のベガ・デ・バルカルセは標高630m、
そしてその12キロ先に、標高1330mのオ・セブレイロがある。
地形図を見ても、なかなかの急勾配だ。
毎日20キロ以上は歩くが、今日はとりあえず、
オ・セブレイロまで行ってみて、そこからは体力と相談して
行先を考えよう。
 秋のスペインの夜明けは遅く、
朝8時半を過ぎるまでは、あたりは闇につつまれている。
この旅は山の中を、夜明け前から歩くということも
少なくない。
そこに、わずかばかりの
街灯、民家の灯りでもあればいいのですが・・・。
よく、しばらく暗闇の中にいれば、目がなれて
まわりの状況がわかってくるといいますが、
本当の暗闇では、いつまでたっても
目がなれることはない。
この日は、アルベルゲを7時前に出発してから
次の小さな村まで2キロ、そんな状態が続いた。
しかも、霧が深いため、ヘッドライトを点けていても、
照らせるのは足元の先2~3メートルくらい。
自分の前後にも他の巡礼者は見当たらず、
2キロ先に、村があるとわかっていても、
これはかなり心細いものです。
例えば、風邪をひいて両の鼻がつまった状態で
食事をすると、味がわからなくなるように、
視覚を奪われると、人間というのは
今、坂を登っているのか、下っているのかも
よくわからなくなってしまうものだと知りました。

 
 やがて、夜は明け


 2時間近く歩いて、太陽が山の稜線を照らし始め、
後方を振り返った時、ようやく自分が、ここまで
登山してきたことに気づく。
一刻一刻と、変化する光の強度は森を
目覚めさせ、その光景の美しさに思わず足をとめて、
見いってしまう。
出発から6.5キロ、9時半に、ラ・ファバという村のバルで休憩。
スーモ・デ・ナランハ(オレンジジュース)を飲む。
途中、2つの村を通過しましたが、
そこにバルは見当たらなかった。
休憩後、さらに増す急勾配の森を進んでいると
ガリシア州を示す石標があらわれた。
この巡礼路でもっとも長かったカスティーリャ・イ・レオン州を
越え、とうとう最後の州、ガリシアに入る。

 ガリシア州の石標


 12時半にオ・セブレイロに到着し、
バルで豚のグリル、サラダ、ガリシア風スープの昼食をとる。
これで、今回の巡礼で最も急峻な峠(セブレイロ峠)をクリアした。
オ・セブレイロからは、しばらく、ゆるやかな下り坂が続くので、
さらに、のんびり3キロほど歩いて、
15時半にリナレスという小さな町のアルベルゲにチェックイン。
新しく、とても綺麗なアルベルゲ、「リナル・ド・レイ」は10ユーロ。
この日は、これまで知り合いになった巡礼者はいなかったが、
吹き抜けで天井の高いサロンで静かにギターを弾いた。
くつろぐ他の巡礼者も数人いたので、邪魔にならないように
バッハやピアソラを・・・。

 100軒のアルベルゲがあれば、100通りのアルベルゲがある。
宿泊者のベットルームのパーティションも様々。
ここは4~6人部屋が、数室の他、2人用の個室タイプもあった。
もちろん、個室タイプの方が少し割高になりますが、
旅に疲れてプライベートな空間が欲しくなった時にはいいでしょう。
ぼくが、演奏を終え、傍らにギターを立てかけ
窓からの夕暮れをぼんやり眺めていたら、
近くにあった個室の扉から、イギリスの老紳士が出てきて、
ぼくに話しかけてきた。
ギターが迷惑だったかもしれないな、と思っていたら
どうもその逆で、ギターの音色が彼の部屋に
適度な音量で流れ込んでいたようで、
癒された・・・とのこと。
お礼の言葉をいただいた。
かなり気をつかって、小さい音で弾いたつもりでしたが、
天井の高さや、壁や床の反響も手伝って
小さなトラベルギターは
なかなか美しいアンビエント・ミュージックを
奏でてくれたようだ。



7日目 トリアカステーラへ

 
 サン・ロケ峠

 今日の出発地は峠のほぼ頂上地点。
朝、目覚めると霧が深く、風も強いので様子を見ながら
いつもより、少し遅い8時半にアルベルゲを後にする。
2キロほど歩くと、サン・ロケ峠の巡礼者像があった。
もともと、風が強い場所なのだろう。
像も風で帽子が飛ばされないように、手でおさえている。
小さな村をいくつか経由しながら、
徐々に標高が低くなってくると、
霧は薄れ、雲の隙間から青空が見えてきた。
放牧された高原の牛たちに朝の挨拶をしながら歩く。 

 
 

 4年連続、スペイン分割巡礼の旅で、
毎年、ぼくの目を楽しませてくれた小さな花がある。
1年目の初日のピレネー山脈越えから、
よく見かけ、気になっていた。
それは紫色で、まだ蕾の状態のものが多く、
ぽつんと一人で、
またはささやかな仲間たちと登山道の脇に
ひっそりと佇んでいた。
やや面長な蕾は、クロッカスに間違いない。
クロッカスの品種は80種類もあるらしく
その中にサフランというのがある。

 ぼくの大好きなスペイン料理の1つにパエリアがある。
平たい鉄鍋で作るスペイン風炊き込みご飯。
ぼくも、家でたまに、魚介類をたくさん入れて作ったりします。
(異なる大きさのパエリア鍋を2つも持っている)
このパエリアに欠かせないのが香辛料・サフラン。
米を鮮やかな黄色に染め、
香りも他に例えるものがないほどの個性を持っている。
サフランがなくては、パエリアではない!
 サフランの歴史は長く、3千年以上、香辛料、染料、医薬として
扱われてきた。
香辛料として使われるのは、
花の部分でもわずかしかない、めしべだけを乾燥させたもの。
なんと、1グラムのサフラン(香辛料)をとるには160個ほどの花を
必要とするので、とても高価です。
 この巡礼路でよく見かけるクロッカス属の多年草は
はたして、サフランなのか?
サフランの特徴を調べてみると、
秋に咲き、花が紫色の1色のみということらしい。
足元に続く、この可憐なものたちは、サフランに違いない。
ぼくはその可憐さに心奪われながらも、
胃袋を満たすパエリアのことで、頭がいっぱいになりもする・・・。

 
 サフランの花

 この日はほぼ下り坂をいく日だった。
18キロほど歩いて、14時半、トリアカステーラの「アトリオ」という
アルベルゲに9ユーロでチェックイン。



8日目 サリアへ


 スペイン巡礼旅の喜びは、たくさんあります。
巡礼者同士の交流、美味しい料理にワイン、大自然に懐かれること・・・etc。
いろんな動物たちとの出会いも、またスペインならではで楽しい。
牛、羊、馬、ロバ、ヤギ、犬、猫。
容姿もそれぞれ個性的で、豊かな自然の中、
みな健康的で美しく、そして人懐こい。
ある村の路地で見かけたニワトリたち。
実にいろんなタイプがいて、ついついカメラを回してしまった。


 薄曇りの朝。8:00にアルベルゲを出発する。
今日は、ほぼフラットな22キロ、サリアを目指す。
ガリシア州を歩いていると、他の州にはなかった、
寄付制の休憩所を時々、見かける。
民家の軒先みたいなところにテーブルがあり、
その上に果物や、手作り菓子や、茹で卵や、
飲み物が置かれている。
なかなかの品揃えで、温かいスープなんかもごちそうしてくれる
ところが、ありました。
巡礼者は決まった額を払うわけではなく、
それぞれの心づけを寄付箱に入れる。

 
 寄付制の休憩所


 11:45、サモスという村で昼食をとり、
15:00にサリアに到着し、「マヨール」というアルベルゲにチェックイン。(10ユーロ)
シャワーを浴びて、さっぱりしてから
近くの大型スーパーに買い出しに行く。
魚屋に新鮮な殻付きムール貝が山積みになっていたので
ぼくにとっては買わないという選択肢はなく、
多めに量り売りしてもらった。
(共同キッチンだから、食べきれなければ、
シェアすればいい)
肉屋には、日本のスーパーでは、あまりお目にかかれない
七面鳥の肉というのがあり、面白そうなので買ってみた。
あとは、ニンニク、サラダにする野菜とワインを購入。
アルベルゲに帰って、ムール貝をワイン蒸にし、
七面鳥をフライパンで焼く。
ワイントと共に食すムール貝は完璧だ。
そして、七面鳥の野趣あふれる弾力と味にも感動。

 
 七面鳥を焼いた


 アルベルゲのキッチン事情も様々。
ガスコンロがあるとベストですが、圧倒的に今の時代は
安全やコスト面から、IHコンロが主流のようです。
また、IHコンロがあれば、まだいい方で、電子レンジしかない
アルベルゲだと、料理らしいことができない。
ぼくは、昼はバルやレストランで食事をするのが常なので、
夜はアルベルゲに調理設備があるなら、
自分で食材を調達し、自分で調理したいのです。
塩、胡椒、オイルくらいの調味料はだいたいどこの
アルベルゲにも置いてあって、その他、巡礼者が使い切れずに
放置していった怪しげスパイスが、ちらほら。
 魚介料理にしても、肉を焼くにも
塩、胡椒だけでは、どうもパンチがないので
ニンニクは欠かさないことにしている。
野菜売り場で、ニンニクを丸ごと購入しておいて
毎晩その1かけ、2かけを消費しながら旅をするといった塩梅。
逆にいえば、旅のような不自由な環境下においては
とりあえず、塩、胡椒、ニンニク、オイルがあれば
多くの料理を成立させることができる。



9日目 ポルトマリンへ


 素晴らしい青空の日。
8:00に出発するが、とうとうこの日は、
目的地のサンティアゴ・デ・コンポステーラまで
100キロを切ることになる。
思い起こせば、3年前、フランスの
サンジャン・ピエド・ポルから始まった分割巡礼の旅・・・。
毎年、2週間かけてスペインに来て、
200キロづつ歩いてきた。
全行程800キロは遠い。
でも、もうそれも、100キロを切ってしまうとなると、
喜びよりも、むしろ寂しい気持ちの方が大きい。


 
 サンティアゴまで100キロを切ってしまった


 今日の道程は22キロ。
ゆるやかな登りの後、ゆるやかな下り。
そして、ポルトマリン手前の森を抜けるには
さらに、急な下り坂が待っている。
 毎日、休憩はこまめに、とるようにしている。
理想をいえば、1時間に1回くらいは軽くバルで腰をおろしたい。
でも、村はあるのに、バルがないというのもしばしば。
この日は出発してから3時間近く、バルがなかった。
途中、3つも村があったのに、落胆が3連続。
12:00、ア・ブレアという町で昼食をとり、また歩く。
夕方近く、ポルトマリンが近づいてきた。

 ポルトマリンの歴史も古く、ローマ人がミ―ニョ川の最初の港として
建設したのが、紀元2世紀のころ。
しかし、当時の町は今ではダムの底。
1962年に、ミ―ニョ川に作られたダムによってできた
ベルサール湖に沈んでしまった。
現在のポルトマリンはミ―ニョ川を見下ろす丘の上に
移築されたものです。
それにしても、ミ―ニョ川にかかる橋は恐ろしかった。

 
 ほっそい橋の先にポルトマリンが
 
 下半身ムズムズ系のながーい橋


 何が、この橋を恐ろしく感じさせたか・・・。
高さと距離の規模に対して、幅が狭く、欄干が低くスカスカなところか。
橋の上から、水面をのぞき込むと、まさに足がすくむほどの高さがあり、
ちょっと強い風が吹けば、欄干が低く頼りないこともあって、
飛ばされて、川に落っこちてしまうような恐怖がある。
橋の中央が車道だから、もちろん端っこを渡るしかないのですが、
なるべくそろりそろりと、車道寄りの部分を歩く。
ここをクリアしなくては、ポルトマリンの町中に入ることができない。
今日は22キロ歩き17:00、「カソナ・デ・ポンテ」という
アルベルゲにチェックイン。(10ユーロ)
シャワーを浴びてから、少し寒かったが、
美しい夕陽を眺めながら、テラスでギターの練習をした。
夕食は、パウロ夫妻とファビオ夫妻、そして
10日間ほど休暇をとってサンティアゴまで歩いているという
若いブラジル人女医のイサベラも合流して
イタリアンレストランに行った。
ぼくは豚肉とパスタの巡礼者メニュー(10ユーロほど)を
注文しましたが、食べきれないほどのヴォリューム。


 
 巡礼者メニュー



 10日目 パラス・デ・レイへ


 8:00に出発する。
今日は、きつい登りから始まり、
アップダウンの多い日だが、天気は良好。
10:00、ゴンサルで休憩。
12:00にベンタス・デ・ナロンで昼食をとる。
ここからは、登りがないので、セルベッサ(ビール)も注文。
普段、まったくビールを飲みませんが、
登山して頂上で飲むビールって、どうしてこんなに美味しんだろう・・・。
眼下に広がるリゴンデ峠に乾杯。

 
 スペインの大自然


 巡礼の旅を再開してから1週間経過。
毎日、追い抜いたり、追い越されたりの徒歩旅をしていると
お互いを名前で呼び合う友人も増えてくる。
1度も同じアルベルゲに宿泊していないのに、
道々、不思議なくらい頻繁に遭遇してしまう1人に
スペイン人のフェルナンドがいた。
彼は、荷物をほとんど持たず、
こちらが見ていてもちょっと恥ずかしくなるくらい
彼女とベタベタ、時にはキスしながら
歩いていた。
たしか、はじめはぼくのバックパックにくくりつけていた
ギターに興味をもって、話しかけてきたと思う。
そして、彼もギターが弾けたので、
楽器を取り出し森の中、
交互に演奏したりしているうちに、仲良くなった。
ぼくが、見たところフェルナンドは
俳優の「アントニオ・バンデラス」によく似ていたので、
その印象を彼に伝えた。
すると、彼はとても喜んで、バンデラスになりきって
ぼくのメモ帳に「アントニオ・バンデラス」と、サインまでしてくれた。
それ以来、ゴールのサンティアゴまで、
ぼくは彼に会う度、「バンデラスくん!」と
声をかけることになった。

 
 巡礼者・バンデラス(?)


 25キロ歩いて、パラス・デ・レイに17時前に到着。
アルベルゲ「オウテイロ」(10ユーロ)にチェックイン。
夕食は、近くのスーパーで豚肉、野菜、ワインを買ってきて、
アルベルゲのキッチンで自炊する。
いつものメンバー、パウロ夫妻、ファビオ夫妻、イサベラは
今日も同じアルベルゲ。
食事をすませて、サロンでギターを練習していると
やはり、音楽好きやミュージシャンが話しかけてくる。
ここでは、スペインのイビサ島に住んでいるという
ダニという青年と知り合いになった。
彼はヘヴィメタバンドのドラマーだそうで、
実はぼくもヘヴィメタ好き。
スペイン語でヘヴィメタ話が盛り上がる。
ヘヴィメタミュージシャンとはいえ、ダニはスペイン人。
ぼくが、フラメンコのファルセータ(パターン)を弾くと
パルマ(手拍子)で合わせてくれる。
すると、いつの間にか、韓国人のチンさん、いつものメンバーも
加わって、宴会になってしまった。
ビートルズやイーグルスなどの伴奏をして
みんなで歌った。


11日目 リバディソ・ダ・バイソへ


 8:00出発。曇り空だが時折、青空も現れる。
コーヒーを飲むところをカフェテリアといいますが、
スペインのここ、ガリシア地方ではプルぺリアなる
お店を、たくさん見かける。
スペイン語でタコのことを”プルポ”と言います。
つまり、プルぺリアとはタコ専門のレストランのこと。
実は、ガリシア地方の名物は、タコ。
今日通過するメリデという街は、プルぺリアの名店が多い。
何人もの巡礼者、アルベルゲのオーナーから
メリデに立ち寄ったら、
「必ずタコを食べなさい!」と言われていた。

 
プルぺリアの店先 


 メリデの手前、2キロあたりにあるフレロスという村で、
またバンデラス君とその彼女に遭遇。
その村には、美しい石橋があり、そこをバックに2人で記念撮影をしたかったようだ。
ぼくは、彼のスマートフォンで、彼らをパチリ。
ーもうすぐ、メリデだね
なんて、話していたら、バンデラス君はプルぺリアに詳しいらしく、
メリデにあるプルぺリアの老舗の名を2軒、
スラスラっとぼくのメモ帳に書き付けてくれた。
お礼を言って、彼らと別れまた
メリデに向かって、のどかな山間部を歩きだす。
13時にメリデの街に到着、なかなか大きな街だ。
しばらく、賑わいある通りを道なりに進んでいくと、
バンデラス君に教えてもらたった、1軒のプルぺリア「ガルナチャ」が
見つかった。
 店先では、モクモクと湯気をあげる巨大な寸胴鍋の中で
大量のタコが茹でられている。
そして手慣れた料理人が、茹でられたそのタコをハサミを使い、
高速で、カットしていく。
この光景を見ているだけで、空腹と期待は倍加。
店に入ると、店内は広いが、巡礼者、観光客、地元の人で
いっぱい、かなりの人気店のようだ。
席について、タコ、ピミエント(青唐辛子)の素揚げ、ポテトフライ、
そしてセルベッサ(ビール)を注文。

 
 ガリシアのタコ


 茹でたタコに、オリーブオイルとパプリカを振りかけただけという
シンプルなガリシア名物。
オリーブオイルはフレッシュで、熱が加えられていないのがいい。
タコももちろん、美味しいですが
そのタコの風味がついたオリーブオイルにパンを浸して食べると
また絶品。
少ない素材で勝負するこの料理は
それぞれが上質、そして、これ以上の組み合わせがないと思わせる。
周りを見渡せば、老若男女、どのテーブルにもタコ、タコ、タコ・・・。
ぼくは、また1つスペインの食文化の奥深さにふれ、
感動し、慈しむようにタコを噛み続けた。

 25キロ歩いて、18:00にリバディソ・ダ・バイソに到着。
「ロス・カミナンテス」というアルベルゲにチェック・イン。(10ユーロ)
石造りの素敵なアルベルゲで、オーナーのおばちゃんも
とてもフレンドリーで親切。
ぼくが、洗濯をして下着やシャツをベット付近に干していたら、
乾燥機のお金を節約してると思ったのだろうか、
”ただでいいから”といって、ぼくの洗濯ものをワシワシつかんでいって
乾燥機の中に放り入れ、スイッチを押してくれた。
この村は、とても小さくスーパーらしきものはなかったので、
夕食は近くのレストランで巡礼者用メニューを注文。


12日目 オ・ペドロウソへ

 今日の目的地は、最終目的地であるサンティアゴ・デ・コンポステーラ手前の
20キロ地点、オ・ペドロウソだ。
20キロといえば、1日で歩いてしまえる距離。
つまり、巡礼の途上、アルベルゲに泊まるというのは,
おそらく、今夜が最後になる。
7時半に出発、まずまずの天気。
 

 
 


 今まで、4回に分割して全長800キロの巡礼路を歩いてきましたが、
やはり第1回目の巡礼のインパクトはなかなか大きかった。
何より、巡礼というものが初めての経験であり、
ピレネー山脈越えの過酷さと、その過酷さ故に芽生えた
他の巡礼者との交流も印象深かったからだろう。
もちろん、2、3回目も様々な出会いや感動がありましたが、
ファーストインプレッションを超えるものには
そうそうお目にかかれるものではないと思っていました。
せっかく、あたたかなコミュニティの一員になったと思ったら、
自分だけ旅を中断し、続きは次の年へ持ち越しというのが
分割巡礼の泣き所・・・。
しかし、最終回である今回も、
愛すべき多くの巡礼者とのめぐり逢いから生まれた
強固な絆は、生涯忘れられないほどの想い出となった。


 
 


 発音について。
外国語の発音というのは難しい。
以前、韓国の友人とガラスの話になった。
(窓ガラスのガラス)
韓国人の彼女は、ぼくが何度
ラス”と教えても”ラス”としか発音できなかった。
これでは、空を飛ぶカラスのことになってしまう。
韓国人は、””の発音が苦手だ。
 今回の旅では、現地のスペイン人とスペイン語で会話する他に、
コロンビアやメキシコ、アルゼンチンなどといった
南米のスペイン語圏の旅人とも話す機会が多かった。
ギターを弾きながら旅をしているので、
目立つせいか、彼らは、けっこうぼくの名前を覚えてくれた。
可笑しかったのは、ぼくが最初に自分の名前を”ヒロ”と
教えたのに、彼らの発音は”ヒロ”になってしまう。
なんだか、可愛らしい響きだったので、訂正はせず、
道々、”ヒロ、ヒロ”と呼ばれる度に
微笑ましい気分になっていた。
そういえば、小学校の時の担任の先生は
ずいぶん訛っていて、ぼくのことを、
ロシ、ロシ”と呼んでいたっけ。
(年配の先生だったが、どこの地方の人だったんだろう?)
日本語も、難しいのね・・・。

 明日は、とうとう足かけ4年のスペイン巡礼路800キロの
最終目的地、サンティアゴ・デ・コンポステーラに
辿り着く。
ぼくは、サンティアゴに1泊するつもりだが、
仲良くなったファビオ・アンドレア夫妻は明日の夕方には
マドリード行の列車に乗らなくてはならない。
 今朝、出発前に、落ち合うアルベルゲは確認しておいた。
今日の目的地、オ・ペドロウソまでは25キロ、
ほぼ平坦な道を行くが、最後にちょっとした下り坂が待っている。
そのオ・ペドロウソに続く森の坂道を歩いていると、
アンドレアが後ろからぼくを、颯爽と追い越していった。
そして追越し様に、振り向いて、一言。
ーヒロ、今夜はお祭りよ!(La Fiesta esta noche!)
ぼくは、思わず、プッと噴き出してしまった。
陽気なアンドレアらしい。
今夜は、この名もなきコミュニティの全員が揃う
最後の夜になるから、賑やかなことになるだろう・・・。

 15時、オ・ペドロウソの「クルセイロ・デ・ペドロウソ・オステル」という
アルベルゲにチェックイン。(10ユーロ)
広々としたサロンとキッチンのある綺麗なアルベルゲだ。
シャワーを浴びてから、近所のスーパーへ。
牛肉、野菜、パン、赤ワインを買って、今夜も自炊。
アルベルゲに到着した巡礼者の時間の過ごし方は夫々。
荷物を整理する人、スマホで情報収集する人、読書する人、
村を散策する人・・・。
17時を過ぎたあたりから、キッチンに調理する人たちがあらわれ、
徐々にアルベルゲは賑わいだす。
コンロの数は限られているから、待たされることもあるが、
夜は長いから、のんびりいこう。
 夕食を済ませても、なかなか、みんなすぐには
ベットルームには行かない。
この日も、キッチンとサロンの一続きのスペースには
多国籍な若者たちが10人以上いて、
ビールやワインを飲みながら、
それはたいへん活気溢れるものだった。

 明日の今頃は、最終目的地のサンティアゴ・デ・コンポステーラだ。
もう、ギターを弾く機会もないだろう。
ぼくは、最後の音楽会のために、ベットルームに行って、
ギターをケースから取り出し、サロンに戻ってきた。
そして、ソファに腰掛け、ギターのチューニングをしていると、
アルベルゲの若い女性スタッフが、
ぼくに話しかけてきた。
ーこのアルベルゲでは楽器演奏は禁止されています・・・、
とのこと。
これまで、800キロも歩いてきて、こんなアルベルゲは
初めてだ。
音楽は、巡礼者同士の親睦を深めるのに一役買うので、
むしろギター演奏は歓迎されはしても、
拒否されようなることは、これまで一度もなかった。
もちろん、その日、泊まっている巡礼者がすべて
サロンに集まっているわけではない。
早めに、寝る人もいるから、アルベルゲ側の配慮もわからなくもない。
 う~む、アンドレアも楽しみにしていたようだし、残念だ。
ファビオにこの事を伝えると、彼は、
ーなんとか演奏させてください
と、アルベルゲのスタッフに必死に頼み込んだ。
すると、ファビオの熱意におされ、スタッフは折れ、
少しの時間ならいい、ということになった。
ありがとう、ファビオくん!
 その後は若者たちも、巻き込んで、
「スタンド・バイ・ミー」や「ヘイ・ジュード」で盛り上がり、
旅の音楽会を締めくる。




13日目 サンティアゴ・デ・コンポステーラへ


 朝、目覚めるとあいにくの雨模様。
残すところ、あと20キロ歩けば、足掛け4年の
この旅も幕を閉じる。
いつも、日中は自分のペースで気ままに歩いてきた。
でも、今日はさすがに最終地のサンティアゴ・デ・コンポステーラに
みんな一緒にゴールしたいので、パウロ夫妻、ファビオ夫妻、イサベラたちと
足並みを揃えて、7時に、アルベルゲを出発した。
ゆるやかなアップダウンの道が続く。

 
 雲の切れ間のむこうにサンティアゴが
 
 
 サンティアゴ・デ・コンポステーラの入口
 
 
 大聖堂の尖塔が見えてきた


 バルで休憩をとりながらも、サンティアゴ・デ・コンポステーラが近づいてきた。
いつもなら、もう少しゆっくり歩くのですが、
今日だけは仲間たちとの同時ゴールを目指すので、
早めのペース。
雲の切れ目から青空ものぞいてきた。
5キロ手前には、”歓喜の丘”(Monte do Gozo)があり、
ここから、サンティアゴの街が小さく見える。
丘にはサンティアゴ大聖堂を指差す二体の巡礼者像があり、
多くの巡礼者はここで、残されたラストスパートを胸に、
記念撮影するようだ。

 最後のなだらかな丘陵地帯を下っていくと、サンティアゴの入口。
レインウェアやポンチョ姿の巡礼者たちが、吸い込まれていくように
中心地への石畳を進んでいく。
あるものは巡礼の歌”ウルトレーヤ”を高らかに歌いながら、
あるものは仲間と楽しげに、
あるものは足をひきづりながら・・・。
雨は、やんでいた。
やがて、大聖堂の尖塔が見えてきた。
街中に入り、しばらく歩くと、尖塔は見えなくなるがそれは、
大聖堂に近づいている証拠。
ちょうど12時、ヨーロッパの細い路地を抜けていくと、
サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂の
目の前にあるオブラドイロ広場に出た。
ついに800キロ、フランスのサンジャン・ピエド・ポルから
自分の足のみでここまでやってきたのだ!
ぼくは、ギターをくくりつけた重たいバックパックを
肩から、おろすことも忘れ、12世紀につくられた
バロック様式のそのファサードを見上げていた。

 
 
 
 
 
 


 4回に分割してきたスペイン巡礼の旅800キロ。
その最終の200キロを共に歩いてきた仲間たちと抱き合い、
到達の喜びを分かち合う。
ほぼ、連日同じアルベルゲでワインを酌み交わした人もいれば、
道々、不思議なくらい再開し親交を深めた人もいる。
数日間、会わずにいたら、また同じアルベルゲでばったりなんてこともしばしば。
毎日、歩くことによって生まれ変わるような素晴らしい体験だった。

 
 巡礼証明書

 大聖堂の前にあるパラドールの脇にある階段を下り、
サンティアゴの巡礼事務所に向かう。
巡礼者が列をつくっていたが、待ち時間は15分ほど。
巡礼を終えたことを伝え、最後に”巡礼証明書”を発行してもらう。

 
 巡礼事務所
 
 
「数日前、あそこのアルベルゲであなたのギターを聴いたわ」と話しかけられ 
 
 
サンティアゴのミサでチンさんと再開 
 
 








これまでの巡礼

♪スペイン巡礼の道を歩く 1(2016)


♪スペイン巡礼の道を歩く 2(2017)


♪スペイン巡礼の道を歩く 3(2018)