先日、佐藤優さんと橋爪大三郎さんの最近の共著、
「世界史の分岐点」を読んでいたら、
日本人が会話や議論の中で、
カタカナを多用するのは知的堕落に
つながるとありました。
そういえばビジネス用語を、
日常会話の中にさらっと織り交ぜたりすると
なんだかカッコ良くて、少し自分が知的になったような
気分に浸れるのはよくわかる。
ぼくも、コンセンサス(意見の一致)をとろうよ、とか
パースペクティブ(視点)を変えてみようよ、なんて
気づけば口にしている。
これのどこが、知的堕落かというと
カタカナというのは漢字と比較して
概念を曖昧にして
使用する傾向にあるかららしい。
そういわれれば・・・。
漢字は1字1字に意味があるので、
熟語を見てもおおよその意味がわかる。
例えば電気、磁石、南極とか・・・。
もっと言えば、哲学的な思考には
どれだけ”自国語で考えられるか”、
ということも重要な要素になるとも。
なるほどだ。
よく考えたら日本語って、漢字、かな併用の上に
カタカナまでブチ込んでいるから、
世界的に見ても、なかなかエグい言語かもしれない。
でも楽器を演奏する人なら、
”カタカナをなるべく使わないようにしましょう!”
なんて今さら言われたら、
かなり面倒なことになる。
音楽用語は、カタカナの世界として
すでに定着し過ぎているから。
”そこは、だんだん音量大きくしてね”って、
言うようより”そこクレッシェンドね”って、
言う方が、手短でしっくりくる。
リット(ritardando)もそうだ。
”そこだんだん遅くしてね”って、
言うより”そこリット”の方がコンパクトでいい。
ジャズやブルースのセッションでは
アドリブを1コーラス(ここでは歌の1番などの意味)や
4バース(4小節)で交換し合うことがよくありますが、
ここもやっぱり、歌の○番とか○小節より、
○コーラスや○バースという単語を使った方が、
上級者っぽく見える(?)。
今回の動画は、コーラスというエフェクターについて。
一般的にコーラスとは、合唱の意味ですが、
1つの音だけを弾いても、
その音に電気的な揺らぎを与えることによって、
あたかも複数の人が音を発しているような効果を
作り出すエフェクターなのでこう呼ばれます。
そういえば、
様々なエフェクターもそれらに付いているツマミ類も
アヤシいカタカナ(日本語発音)だらけだ・・・。
カタカナとオンガク

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